恋蛍~君の見ている風景~【恋蛍 side story】
でも、日曜日はリハビリだと言って、大通りの本屋さんまで歩き、週に1回、小説を買うのを楽しみにしている、明るくお話好きなおじいさんだ。


そして、本屋さんのあとは必ずここへ立ち寄り、買ったばかりの小説を読みながらランチをするこじゃれた80歳。


「いらっしゃい、シゲさん」


彼を見て、宏子さんは安心したように優しく微笑んだ。


「今日は遅かったじゃない。なにかあって来れないのかと思って、心配してたんだ」


宏子さんの話によると、シゲさんは決まっていつも昼の12半ぴったりに来店するらしい。


でも、今日はもうすでに13時を過ぎている。


「なしたの? 良い小説見付からなかった?」


宏子さんが聞くと、シゲさんはベレー帽を取りながら、窓際いちばんおくのテーブル席に座った。


唯一陽当たりの良いその席は、彼のお気に入りで特等席らしい。


「なしたもなんも。今日もいつもの本屋さ行って来たんだ。したっけこれ、いまいちばん売れてるんだど」


ほれ、とシゲさんがテーブルの上にぽんと置いた文庫本は、流行りの恋愛小説だった。


来春に映画化されるらしい。


帯にそんなことが書かれている。


「また恋愛もの?」


と宏子さんがクスクス笑う。


「んだ。おれは恋愛のやつしか読まねんだ。幸せな結末なら、なおけっこう」


シゲさんは恋愛小説と、60年連れ添っている妻をこよなく愛しているらしい。


ロマンチストじいさんだ。


「それより、宏子ちゃん。大通り、なまらひでえことさなってだっけ。わっちゃわちゃ」


愛する妻が編んでくれたという温かいクリーム色のセーターが、とても良く似合っている。


「いやあ、たまげた」


老眼鏡をかけながら、シゲさんは興奮気味に続ける。


「大型バスだべ、タクシーだべ。道路は大渋滞。して、あの人! まんずゾロゾロど蟻の行列みだいにドームさ向かって行くっけなあ」
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