恋蛍~君の見ている風景~【恋蛍 side story】
「今、シゲさんが言ってたズイセツってなんですか?」


シゲさんが空にしたお皿やカップたちを片づけながら、宏子さんが教えてくれた。


「瑞に雪って書いてズイセツって読むんだけど。なんか良いことが起こる前の雪のことを言うらしいよ」


良いことが……起こる前の。


「……雪」


ぽそっと呟き、あたしは窓の外を見つめた。


店の外を数人、人が足早に通り過ぎて行く。


すくめた肩に羽根雪を乗せて。


夜の始まりの空から、右へふわり左へひらり。


まるで羽毛のように気まぐれな動きをして落ちてくる羽根雪。


奇跡、だったのかもしれない。


今まで起きた出来事、全てが。


高校2年生の時、与那星島へ移住したこと。


そこでの出逢いも、友情も、恋も。


そして、別れも。


東京での出逢いも、新しい恋と、永遠のお別れも。


全部、全部、全部。


あたしに。


あたしたちに起こった全てのことが全部、奇跡だったのかもしれない。


シゲさんの言う通りなのかもしれない。


あたしは美波ちゃんからの手紙を手に取り、目を閉じて、深く息を吸いこんだ。


この胸いっぱいに。


そして、たっぷりの時間を掛けて吐き出して、ゆっくり目を開く。


この手紙が。


昨日でも明日でもなく、今日。


今こうしてここに。


あたしの手の中にあるということも。


奇跡。


なのだとしたら。


「陽妃ちゃん」 


背後から呼ばれてハッと振り向くと、窓際のいちばん奥のテーブル席に宏子さんがキャンドルを灯して微笑んでいた。


「もう、今日はお店閉めるから。ここ、使って」


「え?」
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