恋蛍~君の見ている風景~【恋蛍 side story】

白いラベンダー

【atelier ENOMOTO】


筆記体でそう書かれたプレートが下がるドアの前に立ち、空を見上げる。


星も月もない、炭を流したような夜だ。


小さくて真四角で、まるで童話に登場しそうな小箱のような建物。


インターホンらしきものさえ見当たらない。


コンコンとドアをノックすると、たっぷりの時間をかけてから彼は出て来て笑った。


「来ると思った」


そう言って、榎本さんはあたしの手元のカメラと1万円札を見て、その笑顔を少し曇らせた。


押し黙るあたしの心を見透かすような表情を浮かべて、彼はきっぱりと言い切った。


ユキナ・ヒイラギの新作ドレスのように、飾りひとつないシンプルかつストレートな言葉で。


「わざとだよ」


やっぱり。


「わざと置き忘れた」


そう言って彼は爽やかに笑う。


飄々とした開き直りの態度の彼を見て思った。


誠実な人だと。


ドラマや映画のセリフのように装飾物だらけの言葉を使う優しい男より、俄然、誠実に思えた。


「そうだと思ってました」


あたしは言い返し、榎本さんにカメラと1万円札を差し出した。

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