恋蛍~君の見ている風景~【恋蛍 side story】
清潔感漂う、黒く短い髪の毛。


黒真珠のような光沢のある瞳。


シャープなフェイスライン。


白い陶器のような肌。


ダークグレー色のサマースーツに身を包んだ海斗の周囲には、言葉にはできないような神秘的なオーラが揺らめいていた。


「元気そうで良かったです」


初夏の早朝に吹く涼しい風のように爽やかに微笑み、荷物を隣の椅子に置きながら海斗が席につく。


でも、彼女の姿はない。


「暑いですね」


スーツのジャケットを脱ぐ海斗に、


「葵ちゃんは?」


どうしたのか尋ねると、都合悪そうに苦笑いした。


「昨日まで一緒に居たんですけど。今朝、急な仕事が入ったって午前の便で帰りました」


「え……そうなんだ」


「すみません。どうしても帰るって聞かなくて」


「残念。会いたかった」


「葵も陽妃さんに会うこと楽しみにしてたんですけど」


「仕事じゃ仕方ないよ」


「本当にすみません」


海斗が窮屈そうにネクタイを緩める。


「葵は病棟勤務だから。まだ新米だし、やることたくさんあるみたいなんです」


何だか良く分からないけど、海斗も葵ちゃんも別世界の人間に思えた。


「そうなんだ」


それ以上、何を話せばいいのか分からず、沈黙してしまった。

< 98 / 223 >

この作品をシェア

pagetop