蝉鳴く季節に…
返答する私を見つめ、頷いた看護師さんの視線が上がり、ふと廊下の先へと移った。


つられて私も、視線を辿り振り返る。







誰かが、こちらへ歩いてきていた。

手摺りに手を添えながら、ゆっくりと泳ぐ様に。






顔は、歩調を確認しているのか、うつむいていて見えない。

所々開かれた病室のドアから時折差し込む光で、蜃気楼の様に屈折し揺れる姿。







「杉山さん、お見舞いの方が来ましたよ」









杉山……。







看護師さんの呼び掛けに、その人は背筋を伸ばす様に、ゆったりと顔を上げた。









私は…息を、飲んだ。











細くて、男子にしては小柄な身体。

上に着たTシャツはやけに大きく見え、袖から伸びた腕は、小枝みたいに細い。

考えていたよりもずっと整った顔立ちは、痩せているせいか年齢よりも幼く見える。

コンパクトな黒いキャップが、小さな顔を更に引き立たせてる。



でも何よりも、長距離の選手として想像していた私にとって意外だったのは、彼のぬける様な肌の白さだった。





青くも見える肌の色……。








この人が杉山夏生……。






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