蝉鳴く季節に…
そんな凍らせた私の心に語りかけてくれたのは、おばさんの声だった。






「千秋ちゃん」



逃げる様に会場を出た私を、ロビーで呼び止めたおばさん。


黒い着物を着たおばさんだった。





潤んだ目は、直視できないくらいに赤く腫れていて、それは、悲しみを自覚させられる眼差しで……。



私は思わず、目をそらした。







「おばさん、千秋ちゃんに伝えなきゃいけない事があるの」







………伝えなきゃいけない事?








ロビーの片隅にあるソファ。


「座って話さない?」



おばさんに促され、私は無言のまま、おばさんの隣へと身体を落ち着かせた。








おばさんは、小さなため息をつく。


それから、静かに微笑んで、うつむく私へと言葉をかけてきた。












「夏生ね、癌だったの。悪性リンパ腫」





リンパ…腫?




「発見された時は遅くてね…肺が侵されて…そのうち目の横、こめかみの所にも転移してしまって」





肺……目………。












私は、思い出していた。




杉山くんの言葉。






“水谷ならさ、肺と目、どちらを先に選ぶ?”




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