蝉鳴く季節に…
彼といつも話していた白い箱の様な部屋と、開け放たれた窓から流れ込んでくる湿った風と、音も無く静かに泳ぐカーテンと……。





彼の屈託無い幼さの残る笑顔と、人懐こい澄んだ瞳と、夏にしては雪の様に白いままの肌の色を…。












毎年、毎年、思い出す。



蝉が鳴く度に思い出す。













夢を追い掛ける事に、何の迷いも無かった事を。

強く願えば叶うと、信じていた事も。




そして、何も知らない少女であった自分の事も…。














頼りなく飛んでいた蝉は、いつの間にか電柱に身体を張り付け、力強い声を上げていた。



まるで、僕はここにいるよと、伝えてきているかの様。






見つめ、私はぼんやりと窓に頬杖をついた。















夏生………。





彼の名は、杉山夏生と言った。







夏に生まれたから夏生だと、彼は教えてくれた。


単純だよなと、笑っていた。










彼と初めて会ったのは、蝉の鳴く季節。




あの時も、蝉が鳴いていた。







< 3 / 131 >

この作品をシェア

pagetop