蝉鳴く季節に…
ゆっくりと振り返った杉山くん。

その視線が私に止まった瞬間、なぜだかドキリと肩が強張った。


持っていた参考書を落としそうになり、慌てて持ち直す。





「あ、水谷」







……名前、覚えていてくれたんだ。







私を見つけた杉山くんの瞳から憂いが弾け飛び、みるみる笑みで満たされていく。









でも、何だろう。



杉山くんが笑うのは嬉しいけど、なぜかそれが何かを隠す為の笑顔なんじゃないかって思ってしまった私は、その笑顔を直視できなくて視線をそらしてしまった。







「今日も来てくれたんだ」

「先生が…忘れて…」



練習した言葉は結局、泡みたいに弾けて頭の中から消えてしまってた。

私はうつむいたまま、両手で持った参考書を杉山くんの前に差し出した。



杉山くんの右手が、それを受け取る。







「そうなんだ、悪いな」

「ううん…」

「でも、来てくれて嬉しいよ」





杉山くんは、笑う。







杉山くんは、とても人懐こいんだろうな。



誰に対してもこんな風に、笑顔で話して接するんだろうな。



来てくれて嬉しいって…みんなに伝えるんだろうな。


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