では、同居でお願いします
「ご心配おかけしてすみません。気にかけてくださって感謝しています」

「そ、そんな、顔を上げてください。僕はたいしたことなどしていないですから」

「あの時は助けてくださって本当にありがとうございました。ああいう男女のトラブルって、見て見ぬふりをする人が多いのに、紀ノ川さん、男らしいですよね」

見かけによらず、と言えば失礼だが、正直ケンカなどすれば下手すれば女性にでも負けてしまいそうな風情の彼が、トラブルに口を出すのはよほど男気がある証拠だろう。

けれど紀ノ川さんは、項垂れて一気消沈モードになった。

「僕ほど……情けない男はいない。こんなに情けない男は日本中探してもいない……」

「え、ちょ、紀ノ川さん?」

何か触れてはいけない地雷を踏んでしまったようだ。

日本中探してもいない、など言い出す辺り、私はどうやら特大の地雷を踏み抜いたようだ。

(あ~、失敗した。話題選びに失敗しちゃった感じだ)

プロ秘書の諸岡さんならば、スマートに話題を切り替えることができるのであろうが、新米秘書の私には、そんな高度な技能は持ち合わせていない。

為す術もなく、「そんなことはないと思いますよ」などと、ありきたりで欠片も心に届かない慰めしか言えない。

オロオロする私に、紀ノ川さんは「少し愚痴を聞いてもらえますか?」と俯いたまま呟いた。
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