では、同居でお願いします
紀ノ川さんは悪い人でないけれど、やはり男の人の部屋に行くことも、部屋に上げるのも躊躇われたので、駅の方へと少し戻り、まだ営業している喫茶店に入った。
注文したコーヒーが運ばれてきてもしばらく黙っていた紀ノ川さんは、ようやくポツリと言葉を選びながら話し始めた。
「僕は……好きな人がいました。でもとても釣り合う相手ではなかったので、きっと僕のことなど見向きもしてくれないと思って、ずっと黙って……諦めていました」
(いきなり重かった!)
大変な地雷物件だったようだ。
大変申し訳ないけれど、紀ノ川さんのひょろりとした風情から、恋愛関係には縁のないタイプかと思っていたので(本当に失礼だ)、話の内容に驚いてしまう。
紀ノ川さんの訥々と語る話は、確かによくある話だけれど、今の私には胸に迫るものがあった。
気持ちはよくわかる。
裕哉が仕事をしている姿を見ていると、うっとりとすると同時に、自分が不釣り合いだと突きつけられてしまう。
恋愛の範疇にはいることすらできない従兄弟という関係に、私は足を踏み込むことを許されない。
眉根が引き絞られているのがわかる。きっと渋い物でも食べた後の表情をしているだろう。
けれど俯きつつボソボソとしゃべる紀ノ川さんは、私の表情など見ていない。