では、同居でお願いします
「予選の際に僕を見かけて、それで気になっていたと。ぜひにと名人からお願いされ、断ることができませんでした。僕も最初は失礼のないようにと、できる限り努力しようとしましたが……お互いに気持ちの方向が別々だったことがすぐに判明しました」

先ほど裕哉が車の中で言っていた言葉だ。


彼女には吹っ切りたい人がいて……と。


「って言うことは、紀ノ川さんのことをまだ好きってことじゃないですか?」

私の言葉に紀ノ川さんはのろのろと亀のようにゆっくり顔を起こす。

「まさか……僕は……とっくに嫌われていて……」

(陰気です、紀ノ川さん!)

しゃんとしていればきっと知的でスマートな外見は素敵に見えるだろうに、今はしなびたキュウリよりもひどい有様だ。


「七段」


裕哉の呼びかけに、紀ノ川さんはビクンと肩を跳ね上げる。本気でトラウマレベルに到達しているようだ。


「なぜ僕が佐和乃さんの想い人が七段だと感じたのか、わかりますか?」

「イイエ、ワカリマセン」

(完全に萎縮してる――!)

入国管理局で事情聴取を受ける外国人が座っているのかと錯覚しそうだ。
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