では、同居でお願いします
もしグラスに向かっているなら、見るからに砕かれてお怪我しまくっている。

お店の人にでもなく、ひたすらグラスに頭を下げる紀ノ川さんの姿は、実直で真面目すぎる彼の人となりが現れていて、とても微笑ましい。

割れたグラスにさえ謝ってしまうのが本当に紀ノ川さんらしくて可愛いとさえ感じる。
が、これが自分の彼氏ならちょっと嫌だな、なんて思ってしまった。

しかしさすが紀ノ川さんのことを想い続けるだけあって、佐和乃さんは慣れたものだった。

「紀ノ川さん、落ち着いてください。お店の方が片付けてくださいますよ。その時に謝ればいいですからね」

「は、はい……」

「とにかく落ち着いて座ってくださいね」

「は、はい……」

「いいですか、ここでの対応は私にお任せくださいね」

「は、はい……」

さっきから「は、はい」しか言葉が出ない紀ノ川さんは、完全に佐和乃さんに主導権を握られている。

たおやかなお嬢様なのに、見た目以上にしっかりした人のようだ。

彼女ならばきっと紀ノ川さんのような人と上手くやっていけるだろう。


(羨ましいな)


パズルのピースのようにピタリとはまり合った二人。

それはちぐはぐでしかない自分と裕哉の二人にはない綺麗な関係に見えた。
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