では、同居でお願いします
「紀ノ川さん」
彼女の声がガクンとトーンダウンした。
(あ、絶対に誤解している感じだ……)
そう思った瞬間、裕哉に肩を引き寄せられていた。
「紀ノ川七段。彼女は譲りませんよ」
「ういえっ!?」
思わず奇妙な声が出てしまったが、そんな私以上に紀ノ川さんが妙な声を上げた。
「ふわいっ!? ぼ、ぼ、ぼくははは、そんなつもりなど」
「ではどういうつもりなのか、ゆっくりとお話くださるかしら?」
佐和乃さんは紀ノ川さんの着物の袖を引っ張った。
「お父様の前でゆっくりとお話いただきましょうかしら。では、裕哉さん、井波さん、私たちはこれで失礼しますわ」
「え、え? 佐和乃さん!? え? 名人の前で!? ままま待ってください!!」
ほほほ、と可愛らしく微笑む佐和乃さんの瞳の中に、ちらりと般若が見えたのは気のせいだろうか。
(紀ノ川さん……頑張ってね……)
彼女に引きずられるように連れ去られる紀ノ川さんを、心密かに応援して見送るしかできなかった。