では、同居でお願いします
二人を見送ると、急に静かになる。
ホテルロビーは人の行き交う靴音さえ吸収してやけに静かで穏やかな時間が流れる。
「紀ノ川さん、うまくいくといいね」
私の呟きに裕哉は軽く頷く。
「大丈夫だよ。あの紀ノ川七段だから、攻めて搦め取る知略は随一だよ」
「……裕ちゃんと私で同じ人物を見ているとは思えない。私から見た紀ノ川さんは到底器用に物事をこなせる人には見えないし、度胸もあるようには見えないんだけど」
「うん……僕も実物の紀ノ川七段を見てそう思ったんだけど、でも勝負の時の彼は本物だよ。いざとなれば強いよ、あの人は」
買いかぶりではと一瞬思ったが、よく考えてみれば、藤川から助けてくれたのは紀ノ川さんだった。
男に絡まれている女性を助けるのは、結構勇気がいることだろう。それに警察を呼ぶとはったりをかましたり、その後には状況を見て本当に警察を呼んでくれたりと、かなり的確に対応してくれていた。
「……うん、そうだった。いざとなれば、きっと強いんだろうね」
ようやく紀ノ川さんへの認識が改まった私に、裕哉は手を差し出した。
「さあ、僕たちも行こうか」
「明日は裕ちゃん、午後から名古屋だよね。明日に備えて早く帰って休んでね」
「ところでいつから僕の部屋に戻ってくる? どんなに遅くてもこの週末には戻って来て欲しいんだけど」
「だからそれは、その内にって言ったのに」
昨日からしきりに「いつ戻れる?」「部屋はいつでも空いてるよ」と一時間おきに聞いてくる裕哉に少々うんざりとし始めている。