では、同居でお願いします
諸岡さんに聞くこともできないのに、聞けば教えてくれるだろうかと悶々としてしまう。
接待などでないことは裕哉の嬉しそうな表情を見ていればわかる。
噂話など聞かなくても、本当はわかっている。
女性だろうな。
ズクンと胸の奥が痛んだ。
痛みがジワリと指先まで広がる。
(ダメダメ! 上司で従兄弟なんだよ? 裕ちゃんが幸せになるなら喜ばなきゃいけない立場なのに)
言い聞かせても、言い聞かせてもなんとも言えない息苦しさに苛(さいな)まれる。
「井波さん、今日はもう社長も出られるし仕事もないから帰ってくださっていいですよ」
諸岡さんが優しい声で告げてくれるが、その一言が却って「部外者は帰れ」と通告された気分になってしまう。
大概、自分でもひねくれた考えをすると思って自己嫌悪に陥るのに、なぜか悪い方へ悪い方へと考えが向かう。
「ど、どちらに出られるのですか?」
思わず聞いてしまい、すぐに後悔に襲われる。
もしここで、諸岡さんが正直に「社長はデートですよ」などと耳打ちしてきたら、どんな反応を返せるだろう。
多分、硬直して何も言えないのに。不審に思われるかもしれないのに聞いてしまって後悔する。
諸岡さんは少しだけ間を置いて、すぐにフッと眼鏡の奥の目を細めた。
「ごくごく私用ですのでお気になさらずに」
それは何かを隠している笑みだと気がついて、小さく唇を噛み締めた。