では、同居でお願いします
「な、なにか……?」

絞り出すように言ったけれど、それ以上の言葉は何も出てこなかった。

ドクンドクンと心臓が早鐘を打つのは、相手が若いイケメンだからなどでは決してない。
いきなり街中で腕をつかまれれば誰だって怖いと思う。もちろん、今、めちゃくちゃ怖い。
体は完全に硬直してしまっているし、目は見開いたまま警戒の色をにじませているだろう。

(誰? 何? 怖い)

脳内でさえカタコトになりながら、相手を凝視し続けた。

警戒心MAXで対抗しているのに対して、相手の男はしばし眉根を寄せて私を見つめてから、やがて表情をゆるめてホッとしたように笑った。

その笑顔がやけに人懐こく、不思議なことに、どこか懐かしささえ感じさせる。

柔らかな笑顔のまま、相手の男が私に話しかけてきた。


「海音ちゃんだ。やっぱり、そうだったんだ」


(誰……?)


こんなイケメンに知り合いはいないはずだ。
一度見たら忘れられないほど爽やか凛々しい系イケメンだ。
しかもスーツの着こなしもこの暑さの中でさえパリッとしており、グダグダになりながら側を通り過ぎる外回りの営業マンとは一線を画している。

前の職場での取引先の人ではない。

いぶかしむ視線に気がついたのか、男は笑顔を少しだけ困らせた。


「覚えてないかな? ほら、従兄弟の裕哉(ゆうや)。小さい時はよく柏木のお祖母ちゃんの家で遊んでた」


「あああああ!」


瞬間、結構な音量で叫んでいた。


いた! 母方の従兄弟! 

ゆうちゃんって呼んでいた、少し年上のお兄ちゃん!

母の実家、柏木の家で年末年始にしか会わなかったけれど、いつも落ち着いた理知的な雰囲気のお兄ちゃん。
ちょっとばかり憧れていたけれど、ある時からぱったりと会わなくなってしまっていたお兄ちゃん!


「思い出してくれた?」


苦笑とともに、つかんでいた腕を放した男、柳井(やない)裕哉がびっくりするほど魅力的に笑った。

 
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