では、同居でお願いします
店に入ろうとしていた私は、ふと視線の先に裕哉を見つけて足を止めた。

タクシーから降りてきたところで、中にまだ誰か乗っているのだろう。中に向かって何かを話している。

(……彼女?)

車が走り去る時にチラッと見えた姿は艶やかそうな長い髪だった。

視線を裕哉に戻し、すぐに後悔した。

見送る裕哉の瞳がとても柔らかく、愛しいものを見つめるようだったから、私は確信する。


――とても大切に想っている相手だ、と。


しばらく車の去った方向をじっと見つめてから、裕哉は笑みを浮かべながらマンションへと入っていった。


ズクズクと胸が締め付けられて痛い。


見なければよかった。あんな裕哉の瞳など、見たくなかった。

どうして足を止めてしまったのだろう。顔を上げてしまったのだろう。

あれほど嬉しそうな裕哉の笑みは、好物のご飯を用意した時に見た笑みと同じ。
会社では絶対に見ることのできない無邪気な笑顔。

私だけが知っていると思っていたのに……。


胸の痛みが指先まで染みこんでくる。


買い物をする気力を失って、私はフラフラと歩き始めた。
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