では、同居でお願いします
「お願いだから座ってゆっくりしていてよ」

「僕だって本気出せば何でもできるんだから、大船に乗った気で任せてよ」

明るい裕哉の口ぶりに、クラッと眩暈がした。


これは完全にダメなタイプの言いぐさだ。

(本気出せばできる? それ引きこもり系か厨二病系のセリフですよね!)

大船どころか泥の船だ。カチカチ山の狸よりももっと不安でしかない。

「どういう心境の変化なのよ。家事全般ダメダメな裕ちゃんなのに……」

呆れて呟いた途端、ハッと気がついて言葉を途切らせた。


(そっか……)


思い当たるのは、さっきタクシーに乗っていた彼女だ。

きっと彼女との将来を見据えて、生活を改善しようと思ったに違いない。

あれほど愛しそうな瞳で見送った相手なのだ。その人の為に変わりたいと思っても不思議はない。
奮起して生活を改善しようとしたのだろうか。


――彼女のために……


そうならば、応援してあげるのが、秘書であり家政婦である私の仕事かもしれない。

(そうするのが、当然なんだよね……)

買い物袋を手にキッチンに入った私は、精一杯の笑顔を作り、裕哉に告げた。

「じゃあ、まずはお皿を並べることから始めようか」

「任せて!」

嬉しそうにキッチンへ来た裕哉に、背中を向けた私は喉元までせり上がる息苦しさを呑み込んで下ごしらえを始める。

料理だけには手を出させないよう材料を死守しながら、その日はなんとか無事夕食が出来上がった。
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