では、同居でお願いします
一度、彼女と覚しき人からの電話を受けたことがあった。
裕哉の運転で取引先に向かっている途中で、裕哉の携帯電話が鳴り、「ちょっと受けて」と渡されたのだ。
「裕哉さん? 内海です」と可愛らしくもか細い声で告げた彼女に、思わず胸を射抜かれて痛みが走った。
(裕哉さん、か……恋人だもんね)
私は返事もせずに、グイッと裕哉の耳に押し当ててしまった。
「ちょ、海音ちゃ――あ、佐和乃(さわの)さんでしたか。すみません、今運転中ですので後ほど連絡します」
慌てたように通話を終えた裕哉の横顔を見ることもできずに、ダメだと思いながらも黙り込んでしまった。
「あ~、今の電話はさ――」
重い空気を察した裕哉が言い訳なのか、彼女のことを話そうとしたけれど、聞きたくなかった私は、さっと話題を変えた。
「今から行くのはN社ですよね。私、前の会社の時に、N社の方には何度かお会いしているんですよ。畑中さんって方」
「ああ、畑中さんは新規事業方面の営業をやっているからね。彼ももしかしたら同席するかも知れないよ。今日の話は新しいアプリ事業の話だから、うちの営業も向こうで直接待ち合わせて同席予定だよ」
「そうですか。畑中さんにお会いできるなら嬉しいです」
笑ってみたけれど、笑顔が引きつっていたことを見抜かれていたかもしれない。
裕哉はそこから口を閉ざして静かに運転をしていた。