では、同居でお願いします


「イヤなことってなんで思い返してしまうんだろう」


彼女の声を思い返している、自分の行動に苦い笑いが浮かぶ。

記憶から消し去ればいいのに、わざわざ思い出しているなんて、バカだなと肩をすくめた瞬間、すれ違いざまに背後から声をかけられた。


「みお?」


――振り向いてはいけなかったのに。


私のことを『みお』と呼ぶのは、この世でたった一人しかいないのに、わかっていたのに、思わず振り返ってしまった。


「みお……なのか?」

一人の男が訝しそうにこちらを見据える。


「違います」


そう言いたいのに、唇は開くことができない。わななくだけで言葉を紡げない。

一歩、男が距離を縮める。
逃げだそうと思うのに、足はすくんで一歩たりとも進めない。


「ああ、やっぱみおだ。変わってないな、おまえ」


フッと笑った男の声に、私は完全に呪縛されてしまった。
< 60 / 233 >

この作品をシェア

pagetop