では、同居でお願いします
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呼ばれていたことに気がついていなかった私の肩を、諸岡さんが軽く叩いた。
ビクッと大仰に肩をすくめて顔を上げた私に、諸岡さんの眼差しが心配そうに歪んだ。
「井波さん、大丈夫ですか? 体調が悪いですか?」
「……え? あ、すみません! 少しぼうっとしてしまって」
「入社以来、ずっと頑張り過ぎなほど頑張っていますし、無理をなさらずに辛いときは休みを取ってください」
「いえ、大丈夫です。すみませんが、もう一度指示をお願いします」
頭を下げた私の頭に、諸岡さんはふわりと手を乗せた。
「気負わなくていいですよ。井波さんが一生懸命なのは、よくわかっていますから」
見つめてくる諸岡さんの眼差しが和らぐと、一気に彼の雰囲気が変わる。
きっと諸岡さんのこの表情を見れば、女子社員からもっと注目されるのに、誰も知らないなんてもったいない。
頭に乗っていた彼の手が離れ、私は気持ちを切り替える。
自分のことで頭が一杯だったけれど、今は仕事中だ。
役立たずになって裕哉に呆れられないように、周囲から「やっぱりコネだから」と白い目で見られないように、人一倍頑張らなければならないのに、ぼんやりとしている場合ではなかった。
諸岡さんに指示された資料の整理を始めたが、やはりすぐに思考は昨夜のことに戻ってしまう。
(帰るのが怖い……)
またあの男に出会ってしまうかも知れない。
昨晩は、硬直しきっている私に呆れたような笑いを残して、あの男はあっさりと去っていった。