では、同居でお願いします
「な、何かご用でしょうか?」

気を呑まれていたけれど、仕事中だと我に返り、裕哉に尋ねる。
私をしばらく見つめた後、フッと裕哉が笑みを浮かべた。

――ああ、この柔らかな笑顔が好き。

悲しくなるから考えたくないのに、やっぱり裕哉が好きだと強く思い知らされてしまう。

優しい声で裕哉が私の名前を呼んだ。

「海音ちゃん……」

「は、い」

これは部下としてではない呼び方。ドキリとしてしまう。
裕哉は笑顔のまま続けた。

「お願いがあるんだけど……。今度、コーヒーの淹れ方を教えに来てくれないかな?」

「…………は?」

「あ、だから、僕もコーヒーくらいは淹れられるようになりたいなって思ってさ、家にレクチャーしにきてくれないかな?」

「コーヒー……」

しばし沈黙をした私は、心の中で盛大に突っ込んだ。

(まだ配達してもらってたの!? 出て行く時、粉にお湯を入れるだけのインスタントコーヒー買っておいたのに、それもダメだったの!?)

しかもこんなことで呼び出すとか……。


私のドキドキを返してよ!


少しムッとした口調で裕哉へと問いかける。

「インスタント、買っておいたよね?」

「うん、すごく薄くて美味しくないよ、あれ」

「……多分、分量が間違ってる。好みの量を自分で開発してよ」

「え~、でも海音ちゃんがいつも淹れてくれてたコーヒーが美味しいから、それがいい」

(「え~」じゃない! いい大人が「それがいい」とかダダを言うんじゃない!)

我知らず溜息がこぼれるのを、なんとか自制する。
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