では、同居でお願いします
昨日、呼び止めたのも「こんなところで会うなんて」という偶然に驚いただけだ。

「自意識過剰か……」

自分にとってはとてつもない思い出だけれど、相手にとっては取るに足らないことだったはず。こんなに気にしまくっているなんて、本当に考えすぎだったのだ。

そう思えば心が軽くなる。

足取りも軽やかにマンションにたどり着いた私は、背中から声をかけられ凍り付く。


「みお、おかえり」


低い男の声。昨日も聞いたばかりの、聞きたくもない声。


……なぜ? どうしてあなたがここにいるの?


聞くこともできない私の心臓は、ドクンドクンと痛むほど脈打つ。

目を丸くしたまま硬直していると、声をかけてきた男が側に歩み寄って笑った。

「驚いた顔して、ビックリしたんだ」

私の顔を覗き込み、男はもう一度満足げに笑う。

「あらら、どうしてここに? って顔してんのな」

ポン、と男は肩に手をかける。


やめて!


声にならないけれど、心の中で叫ぶ。

「昨日さ、おまえの後をつけさせてもらったんだよ。何を聞いてもだんまりで答えないし、家の場所くらい知りたいだろう? みおだって、俺と会えて嬉しいんじゃないのか?」

クスクスと笑う男に、堪えきれずに叫んだ。

「会いたくなんてない!」

けれど喉に引っかかった声は、掠れてはっきりと形を為さない。
< 70 / 233 >

この作品をシェア

pagetop