年下くんの電撃求愛
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「それより前に……俺は、本河さんに、会っているんです」


俺がそう言ってしまうと、本河さんはまるで理解できないといった、ポカンとした表情をした。

無理もないと思う。俺が逆の立場でも、何を言っているのかと、すぐに呑み込めないだろうから。

自分の口から、言うつもりはなかった。

本河さんを連れ帰った夜のことも……そして、初めて会った日のことも。

だってそれは反則だと思っていたから。

覚えていないところに、俺が無理やり記憶をはめこむような真似をして、それで気にかけてもらうのは、ずるいと思っていたから。

でも本当は、ずっと知ってほしかった。

俺のなかで一生忘れられないであろう出来事を、本河さんと共有したかった。

こんな場面になって、俺ははじめて、自分の本心を強く自覚した。


「その、前……?」

「俺がまだ、専門学生だったとき。現場実習先の美容院に……本河さんが、来店されたんです」


当時のことは、思い出すだけでも、苦い笑みがこぼれてしまう。

3年前。俺はとある美容院で、現場実習をさせてもらっていた。

実習先によってはかなり厳しいところもあると聞いていたが、俺が行かされた店はアットホームな雰囲気で、スタッフはみな、俺にいろいろ教えようとしてくれた。

とくに、副店長の志水さんという女性スタッフは、熱心に俺に指導してくれた。

誰もいない店内に残ってまで、勉強しようと言ってくれたり、自宅に戻ってからも、電話がかかってきたりした。

その熱心さは日毎に増し……明らかに指導の範囲を越えていると感じるようになるまで、そう時間はかからなかった。

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