その時あの子は『独り』だった。
【松本純side】
「ブッッファ!!」
思わず吹き出してしまう。
「…純…」
「悪ぃ悪ぃ慧
お前があまりにもらしくねぇこと言うから…つい…クッ」
「…はぁ」
呆れ顔の慧。
強張っていた肩は、力が抜けていた。
「てかさ~ww
いつまで林田の腕を掴むん?wwwww」
「あ!?わ、悪い!」
ばっと、頬をほんのり染めて、慧が手を離した。
立花たちの方を見れば、ポカン。
ほうけ顔。
いや、間抜け顔だなwww
「…てか純、空気読めよ」
「空気何て読むもんじゃないんですけど?」
「そうじゃなくて…」
「何々新文明?空気文字的な?www」
「じゅ~ん~!」
おっと、ふざけすぎたか?
鬼だなwww鬼ちゃんwww
「…フフッ」
「!?」
「お?」
立花が笑った。
なんだ、笑えんじゃん。
しかも笑うと可愛いし。
いっつもうつ向いてて暗かったもんな、立花。
緊張の糸が、フッと張るのを止めた。
その瞬間、教室は笑いで溢れた。
みんな、周りを気にせず、思いっきり笑った
思いっきり、声を出して笑った。
ある意味で、クラスが1つになった。
…いや、1つじゃねぇか。
あいつがいない。
林田がいない。
さっき教室を出ていくのを視界の端でとらえた。
でも、声はかけなかった。
俺以外だったら100%引き留めただろう。
でも、俺はそこまでお人好しじゃないし、善良な人でもない。
林田の心情を考えれば、今はそっとしとくのが妥当だろう。
「…ホント、お前ってすごいよな」
「そうか?俺は慧の方がすげぇーって思うけど?」
俺は、ただのクラスのムードメーカー。
雰囲気を変えるだけ、それだけ。
…でも、肝心なときには変えられない。
立花が泣いていたとき、俺は何も出来なかった。
でも一条は、独りで立ち向かっていった。
一条が立ち向かっていったとき、俺は何も出来なかった。
でも原は、誰よりも早く一条と立花のそばに駆け寄った。
林田が拳を振り上げたとき、俺は何も出来なかった。
でも慧は、その拳を止めた。
それだけじゃない。
立花は自分を見捨てたやつを許した。
俺だったら無理だ、許せない。
お前らの方がすげぇーよ。
俺はただ、お前らに便乗しただけだ。
いつもそうだ。
俺は初めの一歩を踏み出そうとしない。
いつも、誰かの次だ。
安全だって確認してからの一歩。
俺は、卑怯だ。
「そんなことない、お前もすごい」
「は?」
あの、信じられないんスけど。
さっきからそれ、本気なんですか?
この俺が?すごい?
「皆を笑わせたろ?
それってすごいと思う
誰かを泣かせるより、難しい事なんだぞ
誰かを笑わせるのは
だから、俺は、お前がすごいって思う」
「…お前も、な」
くそ、こいつ、こんな熱いやつだったっけ?
いつもクールで、どこか他人事で。
「…よおーし!そろそろ涙拭けよ!
立花に一条に原!!あと慧!」
「俺は泣いてねーよ!!」
また笑いが起こる。
でも俺は、それを無視して続ける。
だって、今はピエロより大事な仕事がある。
「涙拭いて、さっさと林田連れ戻してこよーぜ!」
教室の空気は、いつになく緩んでいた。
さっきまでの張り詰めていた空気が嘘みたいだった。