ほら、そうやってすぐ死ぬ。
私はシガーカッターを手に取った。
「ちょっと待てよ。それなら俺が代わりに……。」
そう出しゃばった金子をタイソンは睨みつけた。
「身代わりは落とし前とは言わないのよ。ただの逃げだ。俺は男女は平等に扱いたくてねえ、女だからとか言って甘い奴が多いだろ? そのくせ、女性にも住みやすい社会をとか抜かしやがる。少々都合よすぎるんじゃねえのか? 男が女を守るなんてのは古臭い考えでしかない。それこそ差別だ。」
金子は何も言わずに座った。それでいい。
私は少々罰を受けなければいけないのかもしれない。
母さんを殺させて400万円を手にしたこと。戸倉さんの貯金を盗もうとしたこと。少年法に守られている。法は守ってくれるけど、神様は守ってくれない。私は死んだら地獄へ落ちる。物凄い目に遭わされる。きっといつぞやの残忍な事件の加害者である少年Aや教祖様と一緒の部屋で、この世界では考えることが出来ないほどの苦痛を味わう。
それならせめて、この世界での罪償いはしておいた方がいい。仮に地獄で閻魔様に指を全部折られるという拷問があるとして、10回の苦しみを地獄で味わうより、この世界での1回と地獄での9回に分けるのだと考えればいい。
シガーカッターの真ん中の穴を右手の小指にセットした。小指なら切りやすくていい。指切りげんまんはできなくなるけれど、どうせ誰も約束を守ってくれないし、私も守れる自信はない。
そんな小指なら、なくていい。
人差し指と親指で両端に力を加え、思いっきり挟んだ。
ザシュッ……! ゴトッ。
小指がガラステーブルに落ちた。まだ小指のある感覚が残っている。小指を曲げようとすると、切り落とされたはずの小指が動いた。気持ち悪い。
薬指から断崖絶壁になった小指のあった場所から血が溢れだす。差し出された包帯でぐるぐる巻きにした。
痛い。痛い。痛い! でも、
これが生きてるってことだ。
「上出来だ。」
私の小指を拾い上げたタイソンはそれをしゃぶった。タイソンの舌で舐めまわされる感覚が、小指に伝わった。気持ち悪い。何だか、快感にも近いような、でも気持ち悪い。
「さて、これで俺たちは対等な立場だ。」
タイソンは眼鏡に酒を用意させ、運ばれてきたのはマティーニだった。
「本題に入ろうか。キミらはKに会いたいんだったな?」
何を今更。
「悪いがKは今ここにはいない。」
小指の痛みがすーっと消えていくような、そんな感覚に陥った。