ほら、そうやってすぐ死ぬ。
「戸倉さん。戸倉さんの下の名前って何て言うんですか?」
何かを思い出しそうになり、咄嗟にそう聞いた。
「下の名前? 香だけど?」
スマホが鳴って我に返った。金子からの着信だった。
「もしもし、金子? どうしたの?」
返事はない。
「金子?」
「……ああ、わりい。」ここでやっと返事が返ってくる。
「お前今どこにいる?」
「家だけど。」
「そうか……ならそこを動くな。」
金子の声のトーンはマジだった。
「どうかしたの?」
「どうもこうもない。俺たちはとんでもないミスリードをしてたんだよ!」
「ミスリード?」私は靴を履いてアパートを出た。
「どういうこと?」
「お前、『ウミガメのスープ』知ってるか?」
「ウミガメのスープ?」
「推理ゲームの一種だよ。海のレストランでウミガメのスープを飲んだ男が店員を呼んで、『これはウミガメのスープか?』と訊いた。店員は『はい、間違いありません。』と答えた。男は勘定を済ませると、家に帰り自殺を遂げた。」
「何かの教訓?」
「なぜだと思う?」金子は続けて、
「なぜ、その男は自殺したんだと思う?」
「ウェルテル効果じゃない?」当てずっぽうの答えにも金子は呆れることもなく、説明し始めた。
「いいか? その男は昔、仲間たちとボートで漂流していたんだ。食べるものはなく、仲間はどんどん死んでいく。そんな中、残っている仲間たちで死んでいった仲間の死体を食べることによって生き長らえようと提案した。しかし、その男だけは死体を食べることを固辞した。」
「固辞?」
「頑なに拒否するって意味だよ。当然ながら次第にその男は衰弱していく。見かねた仲間が『これはウミガメのスープだから。』と偽ってその男に死体のスープを呑ませる。その後、無事に救助された男は、何年か経って命を救ってくれた思い出の味、ウミガメのスープに舌鼓を打とうとレストランに行き、ウミガメのスープを口にするが、味が全然違う。そこで、男は初めて死体を食べたことに気付き、ショックで自殺をしたってわけさ。」
「なんか都合の良すぎる解釈ね。」スマホを左手に持ち替えた。
「それで、ミスリードと何の関係があるの?」
そう聞きながら、私はある違和感を思い出していた。