ファッキンメディカルストレンジャーだいすき
キスして

トゥートゥートゥー

終電はいつものようにすいていた。寂しい明かりに照らされたのは、たったの数人だった。

私は、この空いた車両の中で、一番みじめだった。あそこの、打ち上げ帰りで酔っている明らかに未成年のバンドマンや、くすんだ革バックを抱えて眠っている中年サラリーマンよりも、私はダサかった。

疾走する窓の景色が鏡になって、私を写した。私は、ただの浮かれた女だった。もっと正確に言えば、数か月ぶりの彼氏とのデートで、もしかしたら、という期待を胸に、満を持して挑んだものの、てんで相手にもされず、夜景の見える絶好の”キス・スポット”で粘りに粘った末に、「終電があるから、もう帰ろうか。」の一言で帰らされ、ひとりぼっちで家へ向かう、かわいそうな女だった。ここ一番のおしゃれ着に、朝のドキドキがまだこびり付いていて、覆い隠したいほど恥ずかしかった。

やあやあ、バンドマン君。なんだい、君、酔っぱらっているのかい?悪い子だねー。でもねえ、お姉さんはお見通しだよ。君、イケてないんでしょ。無理してお酒なんて飲んでも、君のレベルは上がらないんだよ。

ねえ、お姉さんが、キスしたげようか?

だめなのだ、これじゃあ。私からいっても、なんの意味もない。やっぱり彼からしてほしい。私は、彼からキスしてほしい。

といっても、そんな純情な悩みではない。私たちは、既に絡まったあとである。と言うか、そもそも私たちの出会いが、絡まったところから始まったのだ。

会社の飲み会で、その日とりたてて嫌な事がなかった私は、上機嫌で大いにのんだ。いつもの五倍は飲んだ。周りのみんなも楽しそうで、一丸となって酔いつぶれた。が、しかし私は、少し飲みすぎていた。そろそろ帰ろうかという時、くらあ、ばたんとなって、はっとすると、私は暖かいベットの中にいた。見慣れない綺麗な部屋だったので、一瞬死んだのかと思った。天国なのでは、と。

しかしそこは天国よりかは少しだけ汚くて、安っぽかった。ベットは、私のところと、その隣、ちょうど二人分暖かかった。私はまず最初に思った。

誰と?

酔った私は、いったい誰に心と体を明け渡したのだろうか。もう絡まった後なのは認めよう。しかし、そうなると今度は誰となのかが気になった。部屋には見る限り誰もいない。ただ、私の隣には、確実に新しい体温が残っていた。そして次に、私は思った。

ティッシュは?

ティッシュはどこだ?

絡まったのなら、ティッシュの塊の一つくらい落ちているはずだ。しかし、ベットにはごみ一つ落ちていない。布団の中を全身をもぞもぞと使って探してみたが、およそ証拠といえるものは一つもなかった。本当に何のごみも落ちていなかったので、私はさすがにぞっとした。別に意識はしていなかったが、必死に証拠をさがしているあたり、まだ踏ん切りがついていなかったんだろうな、と、今になってはそう思う。

突然、がちゃりと扉の開く音がした。出入り口ではなく、その逆の方。クローゼットの向こう側に隠れているが、おそらくバスルームだろうと思われる一室。そこから、誰かが出てくる音がしたのだ。私は、得点を待つフィギュアスケート日本代表のような気持で、そっちの方を見た。

誰だ?

誰だ?

そしてクローゼットの端っこから、ひょこっと出てきた半裸の男が、今の彼である『笹岡 啓太』であった。

「あ、起きた?」

と、バツの悪そうな顔で彼は言った。私が何も言わないでいると、彼も何事もなかったかのように、軽く鼻歌を歌いながら、冷蔵庫の水を取りに行った。その姿が、なんとなく、小さな子供のように見えた。

実際私は、もう納得していた。なるほど、笹岡くんか。彼なら、ゴミ一つ落ちていないのも、妙にしっくりきた。几帳面というか、気配りができるというか、会社でも笹岡くんは、周りのゴミは拾ってそうなイメージだった。優しいし、顔も悪くはない。私はこの人で、良かった、と思っていた。この人になら、捨てられてもいいや、と。

酔って、起きたら、もう絡まっていた、なんてことは、今まで何度でもあった。そういう時、男の人は、とても巧く他人になれる。そんなものにいちいち心を入れていたら、とてもやっていけない。最低限、誰となのかだけわかればいい。ほかには何もいらない。期待するだけ、愛の無駄遣いだ。

笹岡が、ベットに腰を下ろした。ベット全体が、笹岡の方へ傾いた。布団の中で私は、廃品のように壊されるのを待った。ペットボトルの水を飲む、彼のしなやかな背中に、思わず見惚れた。彼が軽く息を吸う、私は心から希望をすべて抜く。

「こんなときに悪いんだけどさ、一応確認してえんだ。

俺と、付き合ってくれるよね。」

私はその、思いもよらない純粋な告白に驚いた。そして、そこから秒速で彼を好きになった。

次は~西舞森~西舞森~

私は急いで荷物を抱えて電車から降りた。あのバンドマン君はもう降りていた。誰もいない駅で、恥ずかしい晴れ着で風に吹かれている女が私だ。私は、絶対に幸せになろう、と決めた。もちろん、笹岡くんと。







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