ファッキンメディカルストレンジャーだいすき

どこまで ゆくの

キスしてもらう!と決意してから三日後、私は王之内と寝た。

私のことを、えげつない女だと思うやつは思っていればいい。現に私は、王之内が好きだ。啓太ほどではないが、啓太>王之内>>>>私。でも私は王之内と寝た。王之内は、すげーキスしてきた。引くぐらい。私の口から、生きていくのに必要な栄養素を奪っていくみたいに、私の唇を必死で貪った。

王之内は、私の会社の専務だ。真面目で、静かで、仕事が早い。時に冷酷なまでの合理的な考え方が、シャープな縁の眼鏡と良く似合っている。その奥には、押しても引いても揺るぎそうもない硬い目が構えている。でもそんな専務は、蓋を開ければ、すげーキスするキス魔の甘えん坊だった。押しても引いても揺るぎそうになかった目も、赤めの口紅で簡単に転んだ。

絡まった後、私は急に眠たくなった。なんせ六時間もかけたんだから。そう、私たちは六時間もの間、がんじがらめに絡まっていた。正確な時間はわからないが、そのうち四時間くらいはキスだった気がする。もうへとへとで、信じられないほど眠かった。勝手に目玉が上を向いて、まぶたが閉まろうとした。けどそれはブスすぎるので、目をぎゅっと瞑って耐えた。

「真奈美さん、俺の事、好きですか?」

眠たい時にめんどくさい質問がきた。好きか否か?好きに決まっている。好きじゃない人と四時間もキスをするだろうか。赤ちゃん言葉を許してあげられただろうか?まあ、さすがに、黒いビジネスバックから、保育士のエプロンを出されて、「これを着て、」と言われたときは、了承しかねたけれども、でも大体の要望には、応えれたと思っている。それは、好きだから。王之内のことを、愛しているから。

「好きだよ」

「...そうですか。」彼はすこしうつむいた。嬉しいのを、必死で隠そうとしているのがわかった。

そのあと私たちはチェックアウトを済まし、コンビニでネクタイだけ買って別れた。通勤時間も電車も違うのに、一緒に出勤したら怪しまれる。バレるような事はしない。向こうは知らないが、こっちは慣れっこだ。

帰り道、コンビニからちょっと歩いたところにある陸橋の真ん中で、ふと立ち止まった。立ち止まってしまった。何も考えずに、ひたすらにずんずん歩いていこうとしてたのに、立ち止まってしまった。あーあ、付き合っちゃったよ。好き、って言われて、好き、って答えただけで、付き合っちゃったよ。専務と。クール系イケメンな専務の裏に、キス魔の甘えん坊の専務がちらつく。それらを足したり引いたりして、出した答えが、好き、なのだから、仕方ないのだけれど。心の中で、好き、と言うと、啓太の顔が真っ先に浮かんでしまう。だめだ、余計なことは考えちゃいけない。とりあえず今は家に帰ろう。

橋から、あのホテルが見える。あそこでちょっとわちゃわちゃしただけなのに、それだけで付き合うことになった。私は、ため息を抑えられなかった。ああ、神様、世界中の人が、全裸で泣きながら抱き合う世界を、どうか作ってください。家族も友達も赤の他人も関係ない、しっちゃかめっちゃかべたべたぬるぬるな世界を、どうか、神様、お願いします。

そして、大して好きでもない人と絡まって、つじつまを合わせるためだけに好きって言っちゃう私の、この両足をひっつけて、人魚にして下さい。

ああ、神様。

車のヘッドライトが私を裁いた。私は正気に戻り、頭の中をゼロにして、家へとずんずか歩いた。
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