甘いささやきは社長室で



……ここだ。よし。

茶色いドアの横にある白いインターホンを押すと、ピンポンと短いベルが鳴り、バタン、ガチャガチャと音が聞こえた。



「はいはーい、三木やっと来た……あれ」



そして、開いたドアから顔をのぞかせた桐生社長は、不用心なことにインターホンでこちらの顔もまともに確認もしなかったのだろう。私を見て目を丸くした。



「ま、マユちゃん!?なんで……」

「三木さんに代わって来ました。失礼しますね」



ドアを閉められてしまう前に、遠慮なくズカズカと玄関へ上がりこむ私に、彼は驚きされるがままだ。



青いパーカーに下は黒いスウェットという部屋着姿は少し新鮮だけれど、それ以上に気になるのは、熱があるというのに冷却シートのひとつもしていないということ。



なにもないって、冷却シートもないんだ……。

一応買ってきて正解だったな、と廊下に買い物袋を下ろす。



「い、いいよ。大丈夫、寧ろうつしちゃいそうだし帰っていいよ!」

「そうは行きません。どうせご飯も食べてないんでしょう?」

「けど……あ!なら部屋にあがったら襲うから!男の部屋にあがるってことは了承してるとみなして押し倒すから!」



『襲われたくなかったら帰れ』ということなのだろう。子供のように騒ぐ彼に靴を脱いだ私は、廊下の壁にドン!と手をつきその体を追い込む。


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