甘いささやきは社長室で
「……つめ、た……きもちー……」
冷たさに緩む表情に、この心は小さく安心する。
「ご飯用意してきますから、それ食べて薬飲んでください。台所借りますね」
そしてそう言いながらなにげなく室内を見渡した。
壁際には縦長い本棚が置かれており、そこにはぎっしりと食品や経済関連の本が敷き詰められている。背表紙の古びた本たちに、彼が何度もその本を読んでいるのだろうことを知る。
……やっぱり、努力の人なんだ。
見せないだけで、ひとりの場所にはこうしてちゃんと残ってる。
寝室を出て向かいのドアを開ければ、そこは広々としたリビングダイニングがあった。
15畳はあるだろうか、ひとり暮らしには充分すぎるほどのその部屋には、大きめのテレビにテーブル、ふたりがけの黒いソファがある。
大きな窓からは敷地内の緑からビルや道路など、都会の景色が一望できる。
おお、すごい……。
恐る恐る足を踏み入れ、ふたり用のダイニングテーブルを横切り、奥にあるキッチンへと向かった。
綺麗なシンクにIHのクッキングヒーター、フライパンも鍋も汚れはなくピカピカだ。
使っている様子がない。食べるのは好きでも、作るのは得意じゃないのか、面倒なのか……。
こんなに立派なものがいろいろ揃っていて勿体ない。そう呆れながら、おかゆ作りに取りかかった。