甘いささやきは社長室で
「マユちゃんが笑ってくれると、嬉しいよ」
『嬉しい』その言葉とともに、指先は愛おしむように頬を撫でた。
「僕の中でさ、総務にいたときのマユちゃんってわからない人だったんだよね」
「え?」
わからない、人?
まさか彼からそう言われるとは思わず、首を傾げてしまう。
「報告書とかそういう文章って人の性格とか癖とか出るから、その人がどんな人なのかがすごく伝わりやすいものだと思うんだけどさ、マユちゃんの文章っていつも隙がなくて完璧なんだよね」
「隙が、ない……」
「正確で簡潔、誤字脱字もなく分かりやすい。当たり前っちゃ当たり前なんだけど、何枚何十枚書いてもそんな感じだから、三木にも一回『この社員サイボーグじゃないよね?』とか聞いちゃったくらい」
サイボーグって……失礼な問いだ。あはは、と笑う彼をジロッと見た。
「でも一回だけ、たまたま総務のフロアに顔を出した時にマユちゃんのデスクが目に入ってね。なにげなく見たら、何度も書き直した下書きのメモが何枚もあって」
「……えぇ。何度も下書きをして修正しないと、報告書一枚も仕上げられないんです」
面倒なやり方をしていると自分でも思う。けれど、そうやって丁寧に考えないとまとまらないのだ。
そんな自分のやり方を情けないと笑うような言い方をすると、その目は優しく微笑む。