甘いささやきは社長室で
「うんうん、あれはいい蹴りだったねぇ。美人に蹴られるのも悪くないなーって新しいなにかに目覚めそうだったよ」
「って、なにアホなこと言ってるんですか!昨日『大事なことだし自分で説明するから任せて』って言ったの誰ですか!?あなたですよね!?」
「いやぁ、個性的な登場で印象づけようと思ったら、話す前に蹴られて逃げられちゃってさぁ」
綺麗な顔で子供のように無邪気に笑う桐生社長に、三木さんは相手が社長という立場の人だということも忘れて「バカですか!!」と叱りつける。
これは、なんというか……私の思っていたイメージとは大分違う。
その予想外な光景に唖然としついていけずにいる私に、三木さんは気を取り直すように「ゴホン」と咳払いをした。
「えーと、では自分から改めて説明します。真弓さん、あなたには来月の人事異動で秘書課に異動していただくことになりました」
「秘書課に異動、ですか。……あ」
部署異動。その言葉に先ほど言われた『新しい秘書』、のひと言を思い出す。
新しい秘書……誰の秘書かっていうのは、つまり。
チラ、と見た目の前の顔は、へらっと笑顔を見せる。その表情が意味するものは……そう、彼の新しい秘書を任命されたのだということ。
「……無理です。お断りいたします」
「そう言わずに!お願いします!前任の秘書が寿退社で辞めて3ヶ月……新しい秘書が未だに決まらず自分が代理でやっているんですが、正直もう限界なんです!業務は多いしこの人は気まぐれだし……なにより『女の子の秘書じゃないとやる気が出ない』とか言いだす始末!!」
よほど迷惑をかけられているのだろう。桐生社長を指差し力説する三木さんの顔は必死だ。というか気まぐれな社長って……この会社は大丈夫なのだろうか。