甘いささやきは社長室で
君に伝えたいんです
社長室の壁際に置かれた、大きな水槽。
色とりどりの熱帯魚たちは、この限られた世界をすいすいと泳ぐ。
景色の変わらぬ箱の中を、一生懸命泳いで、与えられた餌を食べて生きる。
それはまるで少し前までの、窮屈な世界に生きる自分のようだ。
「失礼します」
平日の朝、9時すぎ。
日課である、水槽の魚への餌やりをしていると、開けられたドアの音とともに彼女の通る声が室内に響いた。
その声に目を向けると、そこには黒いジャケットに膝丈のタイトなスカート、白いトップスに身を包んだ姿がある。
毛先だけゆるく巻いた黒い髪をうなじでひとつに束ねた彼女……マユちゃん、こと真弓絵里は今日も笑顔ひとつなく書類を手にして歩いてくる。
「おはよ、マユちゃん。今日の予定は?」
「全てこちらにまとめてあります。私は今日秘書課の会議にかかりきりになってしまいますので」
マユちゃんはそう言うと、打ち合わせや外出など、今日のスケジュールがまとめられた紙を一枚手渡す。
それに「こちらの書類も確認お願いします」と、クリアファイルにまとめた書類数枚も渡した。