甘いささやきは社長室で



「祐輔さん?」



名前を呼ばれ、ふと我にかえると、目の前には僕の顔を覗き込む大きな目……花音の、姿があった。



……いけない、ぼんやりしてた。



見渡せば、そこは外側一面がガラス張りのレストラン。

昼間の約束通り、花音とふたり新宿にあるホテルの最上階、有名なフレンチレストランにやってきたことを思い出した。



ピアノの生演奏が響く中、向かいに座り不思議そうな顔でこちらを見る花音に、僕は苦笑いでごまかす。



「ごめん、あまりにも綺麗な景色だから見とれてた」

「ふふ、たしかに。綺麗ですよね」



そんな僕の言い訳に気づいていないのか、それとも気づいた上でか、どちらかはわからないけれど、花音は窓の外の夜景を見て笑った。



花音は、『ボヌール・竜宮』という取引先の中でも大きなレストランの娘で僕の婚約者だ。

会社自体は兄が継ぐからと、彼女自身は会社をより安定させるためにこちらと結婚という話となったそう。



もちろんこちらとしても、大きな取引先が身内となればいろいろとやりやすくなる面も出てくるし、また新たな起業に乗り出すことも考えられる。

お互いにいい条件の『結婚』だ。



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