甘いささやきは社長室で



「……だからこそ、取られたくなかった」



か細い彼女の声が、ピアノの音に混ざるように響く。



「ごめんね、花音。……君とは結婚出来ない」



言い切った言葉に、堰を切ったようにその丸い瞳からはポロポロと涙がこぼれだす。

綺麗な泣き顔。だけど心に焼きつくのは、目の前のその顔よりも、記憶の中の、先日の背伸びをしたような強いふりをした彼女の顔。



正直な気持ちを伝えたところで、君はきっと拒むだろう。



『あなたが社長だから、逆らえないからキスをしただけ』



会社のことや、僕のこと、花音のことを考えて、自分がするべきことを選ぶ。それが彼女らしくもある。

だけどそれでも、本当の気持ちを伝えよう。



いたずらでもからかいでもない、いつしか心から惹かれていた。

あたたかく優しい、君のことが好きなんだ。



最初のキスの意味は、興味

二度目のキスの意味は、嫉妬

この前のキスは、伝わり切らない想い



キスにも優しさにも、ひとつひとつに意味がある。君に対してのものに、意味のないことなんてない。

この選択が例え、社長として間違っているとしても、それでも僕は君を選びたいんだ。







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