甘いささやきは社長室で



「……あ」



そう考えながらのぼってくるエレベーターを待っていると、ふと思い出す。

さっき桐生社長に渡した書類、全15枚と書いてあるけど、1枚はあとから追加されるってことを伝えておくのを忘れてた。



ひと言伝えるくらいはしておこう、と、私はコツコツとヒールを鳴らしながらふたたび社長室へと向かう。

そしてドアをノックしようとした、その時



「おはよう、花音。どうしたの?めずらしいね、電話なんて」



聞こえてきたのは彼の声と『花音』の名前。



……花音さんと、電話?

つい気になってしまい、一度辺りを見回して誰もいないことを確認すると、ドアに耳を押し付け会話を聞く。



「食事?うん、いいよ。どこか行きたいところとかはある?」



それは、花音さんと食事の約束をする電話。

ドアの向こうでは、桐生社長が笑顔でうなずいているのが想像つく。



「わかった。じゃあ、19時半にそっちまで迎えに行くから」



自分以外の人に向けられるその優しい声に、ズキ、と痛む胸。

その感情から目をそらすように、ドアから耳を離すと、気配を消してその場をそっと離れた。




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