甘いささやきは社長室で



……なんだかんだ、上手くやっているんじゃない。

応えるつもりはない、なんて言いながら。



そう、だって彼の私に対しての気持ちはただの錯覚。

御曹司として育てられて、綺麗な人や品のある女性に囲まれてばかりいたから、私みたいな普通の女と接して好奇心が湧いてしまっただけ。



……そもそも、あんな男私の方から願い下げだ。

私は、安定した人とごく普通に暮らしていきたい。

公務員や景気に左右されないような大手企業の会社員。そんな人と、変わらぬ毎日を過ごしていければいい。心の平和がなによりのしあわせだ。



社長なんて一見お金も立場もあるけど、いいことばかりじゃないだろう。

忙しいし、なにかあれば倒産、一気に転落して責任を背負うことになる。

そんな危ない橋を渡るような人となんて、考えられない。



「……そう、思うのに」



なのに、どうしてだろう。



『僕には、マユちゃんしか見えてない』



その言葉が本心であってほしかった。そう願っている、自分がいる。






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