甘いささやきは社長室で
「で?どうしたんですか?」
グラスの中身をひと口飲むと、黒い縁のメガネ越しに、その目はこちらを見つめて問う。
「……その、私、秘書を辞めようかと」
突然の私のひと言に、三木さんは一瞬少し驚いたような顔を見せた。
いつもだったら、『なんで?どうして?』と慌てるだろう。けれど、彼は『やっぱり』と言いたげに渋い顔をした。
「……それは、ここ最近桐生社長とぎこちないのと、関係ありますか?」
「え……?」
『桐生社長と』って……もしかして、気づいていた?
「気づいて、いたんですか?」
「えぇ。でも真弓さんはもちろん社長もなにも言わないし、どうしたものかと思いまして」
桐生社長のこともよく見ている三木さんだ、少しの変化もすぐにわかったのだろう。
苦笑いでそう教えてくれる三木さんに、私はグラスを両手でぎゅっと握る。
「……どうもこうも。全てはあの人が軽々しいのが悪いんです」
そう、ぎこちないのもこの気まずさも、全ては彼が悪い。