甘いささやきは社長室で
「気を持たせるような言い方をしたり、キスをしたり抱きしめたりして……花音さんというかわいくて素敵な婚約者がいながら、自分の立場も忘れて」
彼には婚約者がいる。
会社のために、仕事のために、選ぶべき相手がいて、築くべき未来がある。
それは本人も納得して選んだ道で、よそ見なんてしちゃいけない。
「今日も花音さんとデートみたいですし、さっさと結婚でもして落ち着けばいいんです。あんな男」
本当は違う本音を、強がりにも似た言葉で誤魔化す。
この心が諦めつくように、さっさと結婚して、幸せになればいい。
結婚も仕事のうち、なんて言いながらも、彼女とならきっと、幸せな日々を過ごせるだろうから。
「そうですね。自分も社長には早く落ち着いていただきたいです」
私の言葉に同調するように、彼はうなずく。けれど、困ったように笑って問いかけた。
「……でも、どうして泣いてるんですか?」
「え……?」
泣いて、いる?
そのひと言と同時に、テーブルの上にポタッと落ちた雫。
自分の頬にそっと触れれば、涙で濡れた肌に自分が泣いていることに気がついた。