甘いささやきは社長室で



「桐生、社長……?」



驚く私に目もくれず、彼は腕を掴んだまま三木さんをにらむ。


走ってきたのだろうか、肩で息をする彼の額は汗でびっしょりと濡れ、茶色い髪は激しく乱れている。

雑に緩められたえんじ色のネクタイから、余裕のなさがうかがえた。



「ど、どうして、社長が……」



問いかけると、三木さんが桐生社長から腕をほどきながら笑顔で答える。



「自分が誘ったんですよ。真弓さんといるからご一緒にどうですか、と」

「なにが誘った、だ!『今夜は真弓さんをお借りします』なんてメールに地図までつけて!この腹黒秘書!!」



いつもは笑ってからかう桐生社長に三木さんが目をつりあげて怒るのが見慣れた光景だ。

けれど今日は逆のふたりに、目を丸くして見てしまう。



つまりは、三木さんは私の相談の内容をほぼ想像していて、その上で桐生社長にもからかうようなメールで呼び出していたというわけで……。

実は何枚も上手なのか、それほど私たちをよく見ている証拠なのか。全て彼の手のひらの上だったことを知って、口がぽかんと開く。



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