甘いささやきは社長室で
なんで、いきなり桐生社長が……。
汗だくで走ってきて、いつものような余裕なんて微塵もなくて。その姿に、戸惑うことしかできない。
連れられるがままやってきた外は、人の行き交うにぎやかな街。
さきほどまでのお店の静けさとはまるで真逆なその中を、早足で歩く桐生社長に必死についていくけれど、歩幅の違う彼とではすぐに体は息をあげてしまう。
「ちょっと、桐生社長……待って、」
息を切らせ言った私の声に彼ははっと我にかえるように足を止めて私を見た。
「ご、ごめんマユちゃん、大丈夫?」
向かい合い、やや乱れた私の髪を整える指先は、そのまま目元にそっと触れる。
「……まつ毛、濡れてる」
「え?あ……さっき、泣いたから」
どうして泣いたのかを聞かれたくなくて、話題を逸らす。
「……私のことより、花音さんはどうされたんですか。今日、デートだったんじゃないんですか?」
問いかける私に、彼は自然と撫でるように、頬に手を添えた。
見つめる目はまっすぐに、私ひとりを映す。