甘いささやきは社長室で
「仕事は自分が教えますし、真弓さんがやりやすいようにやってもらって構いません。ちなみに隣が社長秘書専用の秘書室で……」
そう三木さんが案内をしようとしていると、突然すぐ隣……社長のスーツの胸ポケットからは『コーケコッコー!』と鶏の声が聞こえ出す。
「に、鶏……?」
「あぁ、電話です。社長、着信音の趣味変なんです」
聞き慣れている様子で冷静に教えてくれる三木さんの一方で、桐生社長は胸ポケットから取り出したスマートフォンの画面を見ると、電話に出た。
「もしもーし、桐生です。おはよー」
先ほどと変わらぬ様子で話す彼をちらりと横目で見る。
仕事の電話かな?へらへらしていても、やっぱり社長っていうだけあって忙しいんだろうな。
「うん、俺も朝から沙奈ちゃんの声聞けて幸せだよ〜。今日もかわいい声してるねぇ。え?今日?15時くらいだったら時間空くよ。うん、じゃあクイーンズホテルのレストランでね。じゃあね〜」
……ん?
『沙奈ちゃん』って……女、だよね?
女と、ホテルのレストランの約束って……。
通話を終えスマートフォンを胸ポケットにしまいながら「さて」と歩き出す桐生社長に、三木さんは呆れた顔で声をかける。
「社長、今日他にも予定入ってるんじゃないんですか?大丈夫なんですか」
「うん。これから祥子さんと会って、次は麗美ちゃん、それから沙奈ちゃんと会って……夕方一回戻ってきたら、夜に美弥子さんと会うって感じかな」
わぁ、やっぱり社長って忙しいんだなー……って、待って。ちょっと待って。
「……それ、全部女性との約束ですか?」
「へ?うん、そうだよ?」
眉間に深いシワを寄せ、怪訝な顔をする私に、桐生社長はなにもやましいことなどないかのように笑顔で答える。