甘いささやきは社長室で



「なんで恋人相手にまだ敬語なのさ!仕事中だけならともかく、普段まで!おまけに呼び方も『桐生社長』のままだし!」

「……慣れてる敬語の方が話しやすいので。呼び方も、その方が呼びやすいですし」

「呼びやすさを重視しない!」



口を尖らせた僕に、彼女は反論するように僕を見る。



「そんなことを言ったら桐生社長もそうじゃないですか。『マユちゃん』呼びですし」

「僕はいつでも名前で呼ぶ準備は出来てるよ?絵里」



けれど、答えるように『絵里』と呼ぶ、その響きに彼女の頬はボッと赤くなる。



「……けど呼ぶ度にいちいち赤くなるんだもん。困っちゃうよねぇ、かわいいけど」

「う、うるさいですよ!」



あははと笑う僕に彼女は頬を赤くしたまま、拗ねたように顔をそむける。

そんな姿を見ると、よけい顔はニヤニヤとだらしなく緩んでしまう。



……名前で呼ばれるの、慣れないんだろうな。かわいいねぇ。

敬語も呼び名もそのままなのは、恋人としてはちょっと寂しい。けど彼女の反応ひとつ、そんなところにもまた愛しさを感じられる。



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