甘いささやきは社長室で
するとその時、突然彼女のスーツの胸ポケットからは、ヴー、と携帯のバイブ音が聞こえた。
「電話……はい、真弓です」
マユちゃんは仕事用のスマートフォンを手に取り電話に出ると、「えぇ、はい、少々お待ちを」と一度電話を耳元から離しこちらを見る。
「社長、下から電話で、『取引先のビストロ・エメの方が急遽いらしてます』とのことですが、お通ししてよろしいですか?」
「ビストロ・エメ?うん、どうぞ」
ふたつ返事でうなずくと、彼女はうなずきまた電話に出て話をまとめる。
その間に僕は緩んだネクタイやジャケットなど、やや気を抜きつつあった身なりをピッと整えた。
ビストロ・エメ……確か、社長が体調不良で退任して、若い息子に引き継がれたんだっけ。その挨拶がてら回っているのだろうか。
一時期は経営が危ないって噂もあったけど、息子になってから持ち直したって聞いた気がする。
そんなことを考える僕の横で、電話を終えたマユちゃんは不思議そうな顔でなにかを考えている。