甘いささやきは社長室で




……大丈夫なんだろうか。

マイペースでチャラチャラしていて、女好き。こんな社長の秘書だなんて、不安しか感じられない。

でも、一度うなずいたものを今更嫌だと取り消せるわけもなく……。







「……はぁ」



手元の腕時計の針が、もうすぐ18時になろうとしている頃。小さなため息とともに、私はデスクの上のパソコンから顔を上げた。



私がいるのは、社長室のすぐ隣にある小さな部屋。通称秘書室と呼ばれるらしいこの部屋は、社長秘書専用の仕事部屋だそうで、今後私が仕事をするのに使う部屋だ。

社長室と同じような、白い壁に黒いデスク。壁際には大きな本棚と、小さな窓、とひとり仕事に専念するにはちょうどいいかもしれない。



桐生社長が出かけて行ってから、私は三木さんから基本的な仕事を教わり、これまで自分がしていた仕事を他の社員に引き継ぎ……。

定時までのあと少しの時間を、取引先のリストや社長のスケジュール確認などの情報収集をして過ごしていた。



取引先もひとつひとつ付き合い方や位置関係に違いがあるから難しい。これを覚えて、社長の仕事がスムーズにいくように補佐をするのが私の仕事だ。



「……それにしても」



ついあきれた顔になりながら見るのは、画面に映し出される社長のここ数ヶ月のスケジュール表。

どんなスケジュールで動いているのかを確認しようと見たわけだけれど……週に一度か二度は必ず今日のように外出しっぱなしの日がある。

しかも行き先を見れば、どこもレストランなどの飲食店で、いろんな女性とデートをしては食事やお茶をしているのだろう。



……まぁ、イケメンで若くして社長という立場でお金もあって、そりゃあ遊びたくもなるか。

そもそもの考えや価値観自体が私のような庶民とは違うのだ。そう思うと諦めもつく気がする。



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