甘いささやきは社長室で
そう考えていると突然、壁の向こう……すぐ隣の社長室の方からガチャ、とドアの音が聞こえた。
誰か来た……三木さんかな。
三木さんだったら、先ほど教わった仕事でもうちょっと聞きたいことがあるんだよね。
そう秘書室を出て、「失礼します……」と小声でつぶやきコソッと社長室を覗き込む。
「ん?なにか用?」
するとそこにいたのは戻ってきていたらしい桐生社長で、彼は鞄をデスクに置きながらこちらを見た。
げっ、社長だった。
……って、思えばここは社長室なんだから当たり前か。嫌そうに歪みかけた顔をぐっとこらえる。
「……すみません、ノックもせずに。三木さんがいらっしゃったのかと」
「あはは、いいよ。ただいまマユちゃん」
そういえば、夕方に一度戻るって言っていたっけ。彼の発言を思い出しながら引っ込もうとした私に、桐生社長は「あ、待って」と呼び止めた。
「おみやげあるよ。はい、どうぞ」
「おみやげ、ですか?」
「うん。今日1日お留守番してくれたご褒美」
足を止め社長室に入り直した私に彼から差し出されたのは、ケーキが入っているのだろう白い箱。
箱に書かれたゴールドの文字とマークは、都内にある高級レストランのもの。そういった情報に疎い私でも知っているような有名店だから、おみやげ用と言えどケーキもそれなりの値段だろう。
「あ……ありがとうございます」
気は引けてしまうものの、せっかく買ってきてくれたものを突っぱねてしまうのもどうかと思う。
そう箱を受け取り両手で持つと、桐生社長はにこりと微笑みを見せた。