甘いささやきは社長室で
「今日は定時の18時であがっていいよ。明日の朝も僕より先に出勤しなきゃとか気遣わなくていいからね」
そう言う彼に「わかりました」と頷いた。こういうところは普通の社長という立場の人よりも緩くてやりやすいんだろうけど……。
「……あの、外出は結構ですが、女性とのお食事は仕事なのでしょうか」
恐る恐る問うと、彼は一瞬固まり考えるように首をかしげる。
「え?うーん……仕事と趣味、半々ってところかなぁ」
「は……半々、ですか」
って、仕事とは言い切らないのね……。
嘘はつかず素直なんだろうけど、『もちろん仕事だよ』と言い切ってくれれば少しは見直せたのに。
あきれた気持ちが表情に思い切り出ていたのだろう。私の顔を見て桐生社長は苦笑いを見せた。
「そんな明らかに嫌な顔しないでよ。あ、もしかしてマユちゃん、僕みたいな男嫌い?」
「……好みではないです」
「あはは!正直!いいねぇ、僕はマユちゃんみたいな子好きだよ」
なにがそんなに面白いのか。『好みではない』と言われているにもかかわらず、けらけらと笑い、目を細めたままこちらへ右手を伸ばした。
その長い人差し指に顎を下からクイっと持ち上げられると、すぐ目の前にはその顔がある。
彼の茶色い瞳には、驚き固まる私の顔が映り込んでいた。