甘いささやきは社長室で
「真面目で堅そうで、いかにも男慣れしてないって感じのところもかわいい」
褒めている、というよりはからかいバカにしているように感じられるその言い方に、カチンときた私は顔を背け一歩下がって距離を取る。
「すみませんね、慣れてなくて。あなたみたいな女性慣れしたチャラチャラした男よりよっぽどマシだと思いますけど」
「あれ、それって僕のこと言ってる?」
「あなた以外いらっしゃるとでも?」
一応社長相手だし、と少しは遠慮をして話していたけれど……男性経験の少なさを笑われては、さすがに腹が立つ。
この遠慮なく言う性格のきつさも『氷の女王』と呼ばれる所以のひとつだとわかってはいるけれど、わかっているところで止められない。
「仮にも社長という立場の方が、仕事も怠けて女性を取っ替え引っ替え……この会社のために頑張って働いてる社員たちが可哀想です」
睨むような目で社長を見れば、彼は少し驚いた顔で私を見る。
「先ほどは多少遠慮して『好みではない』と言いましたが、訂正します。あなたみたいなタイプの人は嫌いです」
……言って、しまった。
社長相手に、『嫌い』だなんて常識では考えられないようなこと。だけど思ってしまったのだから仕方ない。
私が見てきたここの社員は、ひとりひとり皆頑張っている。
そりゃあ、中には嫌な人もいる。けれど元いた総務部の人たちも、ほのかや営業部の人たちも、皆朝から晩まで動き回って、パソコンと向き合って……頭や体を使って必死に働いている。
そんな社員の上に立つのがこんな社長だなんて、ムカつく。腹がたつ。
クビにするならすればいい。こんな男の下で働くなんて、こちらだって願い下げだ。
ところが、言い切って彼を真っ直ぐ見据えた私に、その顔はふっとおかしそうに笑う。