甘いささやきは社長室で



「……前の秘書の方が辞めてから、まともに掃除されてないですね?」



じろ、と彼を見てたずねると、桐生社長は壁際の水槽の熱帯魚に餌をあげながらうなずく。



「あー、うん。目につくところちょっと埃取るくらいかなぁ。前の秘書の子も何日かに一回軽く掃除するだけだったし」

「来客もあるんですからいつでも細かいところまできちんと綺麗にしてないと……今日から私が毎日掃除しますから。やましいものがあればしっかり隠しておいてください」



話しながら濡れ布巾でテーブルを拭くと、彼からは「はーい」とのんきな返事。『やましいものなんてないよ!』と言わないところがまた彼らしいけれど。

手早く掃除を終えると、私は昨日三木さんから受け取ったスケジュール表を手に今日の予定を確認する。



「今日の予定は14時から取引先と打ち合わせですから13時半にはこちらを出ますので」

「はーい、ってあれ?マユちゃんも一緒に行くの?」

「えぇ。秘書ですから。打ち合わせの内容も把握しておく必要があると思います」



留守番をさせておくつもりだったのだろう。けれど、女性と食事をする時はともかく、取引先との打ち合わせの時くらいは同行しなければ秘書としての意味がないと思う。

……ほっとくとフラフラ遊びに行ってしまいそうだし。



そんな思いから同行すると言った私に、桐生社長は水槽の前に立ったまま綺麗に整えられたデスクを見て笑う。



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